興亡の渦


1997/11/27 KM.Japan  「BR探検隊」 にての講演要旨      河本義正


海運のルーツ と ビッグ・ヴァン


ルーツの定義   根元と真理

鎖国時代の物流  
  寛永13年(1636年)西教禁止、外国渡航の厳禁、500石積み以上の荷船を除く船舶の建造禁止
  廻船問屋、菱垣廻船、樽廻船、鯖の道、塩の道、飛脚、駕籠や、早駕籠
  自由競争の歴史−樽廻船が菱垣廻船を吸収合併
  北前船が運んだ栄華−藩主より豪壮だった廻船問屋の生活
  年貢米の輸送−御城米船

開国
  嘉永6年(1853年)浦賀にペルリ来航−幕府が水戸藩に大船建造を命ずる
  嘉永6年(1853年)幕府、浦賀に造船所設立 
  嘉永7年(1854年)幕府、海防費用として大阪の町人にご用金を課す 
  嘉永7年(1854年)幕府の鳳凰丸、132総屯、30馬力、3本マスト、浦賀造船所 にて竣工、
     大船建造解禁後、初の西洋型帆船薩摩藩以呂波丸建造

日本郵船の創立 廻漕会社−日本国郵便蒸気船会社−三菱商会−三菱汽船会社−日本郵船

競争と吸収合併の歴史

海運会社のルーツと分類 盤根錯節、時代とともに変化

  内航と外航 : 内航は日本船が独占、官指導でカルテル−独禁法の適用除外
  外航は熾烈な国際競争の歴史 
  輸送貨物別 定期航路、バルカー、自動車専用船、タンカー、鉱石専用船など

市況変動幅 
  1桁の世界 定期航路 熾烈な国際競争の結果、漸く安定期に入る
  2桁の世界 バルカー 途上国の参入が容易、船舶の売買が簡単 
  3桁の世界 タンカー 市況が乱高下しやすい、大型化で最も高リスク

ビッグバンと外航海運・30年前に為替自由化の洗礼
 

外航海運はビッグ・バン の連続
   1.戦時補償の打ち切り、戦勝国英国が日本の外航海運の再建に反対
   2.官僚後援の強力な全日本海員組合、会社が潰れてから漸く協力
       会社が潰れても船員の職場は残ると嘯く労働組合幹部
       弱小との同一労働協約でトップ企業の日本郵船が漁夫の利
   3.世界の海を舞台に激烈な国際競争の歴史
   4.30年前から既に為替自由化で国際競争の大波に曝されている 
       1965/10/11 外国用船規制自由化、外貨割り当て規制撤廃  
       1967/11/18 英ポンド切り下げ、 $2.80 〜$2.40
       1971/12/19 円の大幅切り上げ、 \360 〜\308, 16.88%の切り上げ
       1973/02/12 $の再切り下げ、変動相場制に移行、即\265に上昇
 

株式市場の海運への評価  倒産、吸収、合併、減資、第三者割り当て等が最多の業界 
       業種別株価最低 
       仕手株最多  
       外国市場での各国の海運株 
       インターネットで見る海運 
       上場株の連結決算報告書は簡単に入手可能(日比谷に販売所)

厳しさの実態  
       100%国際競争に曝されている業種  
       典型的な市況産業でトップが常に最善の決断を下せることが必須  
       情報収集と判断、将来対策への普段の努力 
       一瞬の経営判断の誤りが重大事態に   
       三光汽船、大洋商船、太平洋海運、Japan Line、飯野海運 小山海運、日の出汽船、
          照国海運、日勢海運、東京海事、海栄社等々の挫折の理由 
       情報社会への対応可能なトップが少ない、同族会社の消滅 船の売買が日常茶飯事、
       日本の主要な輸出産業が競争相手を強化、 日本が後進国に譲る産業の先頭打者
       投資単位の巨大化、ヘッジが困難 
       すぐに政府を頼ろうとするサラリーマン経営者が8割、政治家と官僚は頼られる事を利用
          しようとするから汚職が起きる。

運輸官僚の犯罪 
       規制の歴史、許認可権限による天下り先の確保、省益にしがみつく。 
       いまだに、規制を緩和すれば苦しむ人が出るので規制は必要と強弁する運輸官僚の
          お粗末(先憂後楽は当然)

大罪3例  
       (1) 3千万円以上の投資の許可制 (法律の超拡大解釈、官僚独善の行政指導))
       (2) 売船に全日本海員組合の合意書を要求 (世界の物笑い、企業活動を金縛り)  
       (3) 天下りで企業を喰い物、個室と秘書と専用車を要求、危なくなれば退職金を確保して
          真っ先に逃げる

官僚の限界
       損益に不感症、税金で補填の感覚、責任感が無い 
       火の粉や修羅場をくぐった経験が皆無
       審議会を隠れ蓑
       トップ企業の強者の論理と官僚との癒着
       戦犯が戦犯に勲章を授与する不思議
       蝋勉で入学、記憶力偏重で卒業、お手盛りエリート意識と同窓会名簿が頼りの官僚を囲む集団、
           時代の変化に体でついていけない片輪な保守集団に日本の将来を指導する力は無い。
           東大教育改革からの再出発を

大蔵官僚の犯罪
       30年前に始まった為替自由化の流れにも拘わらず、許認可権限温存に固執し、
           国内での規制を撤廃せず、天下り先確保を優先し、護送船団行政を続け
           国際競争力を喪失させた責任。
       多年にわたる山一証券の飛ばしの噂を知りながら手をつけなかった、富士銀行、
           大蔵省、監視委、日銀、監査役、公認会計士などの責任
       インフレ期待で総てを帳消しの無責任態勢
       国際競争に曝されてきた業界は、それなりに血と汗と努力と自己責任で対応してきた。
           大蔵省傘下の業界の対応が最も遅れている。

中国人の発想  
       長期的な発想、輸銀融資と10年船価回収で日本市場を席巻
       中国/香港船主の長期的発想と日本の短期的視野

戦後、日本の金融業界の勉強不足と傲慢 
       Bankable Charter Party  にみる実例
       外銀との較差、戦後の海事金融への無理解 
       バブルの張本人、バブル前後の金融ビヘイビア
       いま問われる銀行の倫理
       銀行自身の高コスト体質を改めず、30年前から始まった為替自由化への備えを怠り、
           天下りとの癒着に依存し、超一等地に店舗を連ね、主要な交差点の街角を占拠し、
           高給批判を無視し、国際競争力を無視してきたことへの反動と因果応報は当然。
       頭取の相談役への横滑りで責任をとったは、倫理の荒廃
           銀行は収奪した目抜きの一階を地元商店街に返還し、店舗を2階以上に移転しては。

 

我が生涯 最大の屈辱は、飯野海運の不遇時代に日本の金融機関から受けた侮辱
我が生涯  
ビッグ・バンの連続、海技免状を捨てて陸上への転籍。 そして、
最大の痛快事は、オイルシヨック直前に海運市況が史上最高値を更新したとき、
タンカー市況の暴落を確信し親会社および中核体の猛反対にも拘わらず、
マーケットを相手に起死回生の総売り大博打に成功したこと。

   




                 

(注:筆者が現役時代の体験に基づくもので、現在では一部改善されている筈)