摩訶耶寺由緒および古庭園

大乗山宝池院 摩訶耶寺
御本尊 秘仏厄除正観世音菩薩
奈良時代神亀3年行基菩薩開創
高野山真言宗

摩訶耶寺由緒
摩訶耶寺は真言宗に属する静岡県下最古の名刹の一つであり、その創め引佐町奥山の富幕の山中に在って真萱堂と称し、平安初期本町字志の千頭峯に移されたと伝えられる。
当時の遺物として昭和20年代に瓦塔と称する瓦製五重の塔高さ2メートル余が発掘され、現在その実物は奈良博物館に陳列されている。
摩訶耶寺の山門
本堂の全景
本堂内の仏像
更に同寺は平安末期約八百数十年前現在地に移遷され、その頃築造されたと見られる古庭園は平安末期から鎌倉初期築庭の典型的手法を遺していることが近年認知されて有名になった。京都西芳寺(苔寺)の庭池に次ぐ古さの日本屈指の名庭として喧伝されている。(三ヶ日町教育委員会)

本堂に続く宝物殿に国宝・重文3点(撮影禁止)
 不動明王像
  平安時代末期の作、国指定重要文化財(大正12年国宝指定)
 阿弥陀如来像
  平安時代末期の作、県指定重要文化財
 千手観音像
  藤原時代初期の作、国指定重要文化財(大正4年国宝指定)

本堂格天井図
現在の本堂は江戸時代、寛永9年 (1632) に建造、入母屋造り5間4面、総ケヤキの巨財をもって造作されえおり、格天井には法橋関中の筆になる極彩色の花鳥が配されている。
本堂格天井図(参観資料より転写させて戴きました)

摩訶耶寺庭園(鎌倉時代初期)
昭和43年の学術調査の結果、1240 年頃に作庭されたものと推定。日本の中世庭園を代表する庭園だと言われています。樹木の植裁を人工的にアレンジして自然の縮図を美的に再編成しようとする近世庭園に対して、大自然に囲まれたなかに精神的な別世界を構築しようとするのが中世庭園の特色です。
造形力の高い池の地割りや築山構造、石組群が美しいハーモニーをかもし、蓬莱神仙の幽玄境に誘います。
池と庭園(1)
池と庭園(2)
池と庭園(3)
池と庭園(参観資料より転写させて戴きました)
庭園の石像群

千頭峯城について
この北方にそびえる城山は、大福寺の古記録瑠璃山年禄残帳に記されている千頭峯城で、この城は南北朝の昔宗良親王を奉じて奮戦した。井伊氏の西方における南朝かた最大の拠点、千頭峯本城の跡である。
守将は井伊氏一族の奥山朝藤といわれ南朝方の廷臣や浜名神戸庄庄官県氏、大江氏を始め勤王の将士数百騎で籠城した。北朝方の武将高師兼は大群を率いて3ヶ月間の攻撃を加え歴応2年10月30日落城した。
本城は、昭和15年に専門家の合同調査により鶴翼型の典型的な山城で、規模も大きく、当時の塹壕塁段砦井戸などはっきり残っており、山城跡としては、全国的にも代表的なものといわれている。
700メートル先に千頭城跡
千頭城跡よりの渓流

摩訶耶寺への交通機関
・東名三ヶ日インターから車で15分
・東名ハイウェイバス三ヶ日バス停から徒歩10分
・天竜浜名湖鉄道三ヶ日駅から徒歩35分
・浜松駅からバス三ヶ日行き、三ヶ日バス停から徒歩30分
・住所 〒431-14 静岡県引佐郡三ヶ日町摩訶耶421
     電話 (053)525-0027