国宝 大崎八幡宮

修理保存事業について

(御鎮座四百年記念事業)

 

 大崎八幡宮では、今回の御社殿保存修理事業を中心として、平成18年に迎える御鎮座400年の記念事業として、平成11年度より下記の予定で「国宝大崎八幡宮修理保存事業」に着手致しました。

 今期の御社殿保存修理事業は、平成124月に素屋根といわれる仮設の建物で御社殿を覆い、社殿内部の彩色の剥落止め作業を中心に保存作業を行いながら、解体工事及び調査を進め、平成13年度より復元・修復工事を行い平成15年秋に終了する予定です。

 この御社殿の保存修理工事の期間は、社殿前に新築された仮殿にて「どんと祭」や9月の「例大祭」等の恒例の祭典神事、初宮詣・厄祓・交通安全等の御祈願など今まで通り行う予定でおりますので、ご安心してお参り頂きたいと思います。

 御社殿の保存修理工事を終えた平成16年度からは、社殿周辺の整備事業等を行い、平成18年秋には御鎮座400年の奉祝記念大祭を斎行し、皆様と共にお八幡様の400歳の「お誕生日」を盛大にお祝いしたいと思いますので、ご協力の程宜しくお願い申し上げます。

 

事業内容

 

     第一期事業(平成11年4月より平成12年2月)

1.駐車場並びに裏参道拡幅整備事業

2.拝殿前並びに長床前整備事業

3.仮殿建設並びに仮遷座祭の斎行

     第二期事業(平成12年3月より平成16年3月)

1.殿保存修理事業(解体・復元工事)

2.保存修理報告書の刊行等

3.社殿調度品の調製

4.展覧会、講演会などの開催

5.社殿保存修理終了報告祭並びに正遷座祭の斎行

     第三期事業(平成16年4月より平成18年9月)

1.社殿管理棟の新築

2.透き塀建設工事

3.社殿周辺景観設備工事

4.御鎮座400年記念大祭の斎行

5.その他目的達成に必要な事業

 

1.建物の概要

(1)    構造形式

本 殿  桁行五間、梁間三間、一重、入母屋造、こけら葺

石の間  桁行一間、梁間一間、一重、両下造、こけら葺

拝 殿  桁行正面七間、背面五間、梁間三間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝五間、軒唐破風付、こけら葺

 

(2)    指定説明(昭和27年)

 大崎八幡宮は伊達政宗公によって造営されたものであって、慶長9(1604)秋から工を起し、同12(1607)812日遷宮式を行ったが、拝殿向拝登高欄擬宝珠(はいでんこうはいのぼりこうらんぎぼし)に慶長14(1609)の銘があるから工事はその頃まで続けられたものと思われる。建立後の沿革は、当初屋根が「とち葺」であったのを江戸時代中期頃「こけら葺」に改めているが、根本的な修理はなかったようである。社殿はいわゆる権現造の好標本であって、随所に見事な彫刻、彩色がほどこされており桃山時代の特色をよく表している。但し本殿内部は彩色なく水墨の壁画をえがくのみである。

 この建築は豊国神社社殿を模したと伝えられるが、仙台地方に移入された桃山建築のうちで最もすぐれているものであるばかりでなく、全国的にみても桃山時代を代表するに足る優秀な建築のひとつで、文化史的意義も特に深い。

 

2.建物の変遷

 江戸時代の修理の内容については明らかではないが、寛文8(1668)と享保年間(17161735)に社殿の修理装飾を加えたことが伝えられ、また時期は明らかでないが、江戸時代中期頃(少なくとも貞享3(1686)まで)には屋根が「とち葺」から「こけら葺」に変更されたことが古絵図(貞享3年奥書、宮城県立図書館蔵)により分かる。

 明治36(1903)に特別保護建造物に指定され、大正8(1919)から同12(1922)にかけて国庫補助により大掛かりな修理がなされている。

 修理の内容については不詳であったが、今回の解体工事により、主に屋根、軒廻りと床廻りの補修が行われたことがわかってきた。昭和25(1950)に文化財保護法の施行により重要文化財に指定され、翌年の昭和26(1651)には屋根(こけら葺)の葺替が行われている。昭和27(1952)には国宝に指定され、このときに棟札1枚も附指定された。昭和31(1956)、社殿内部彩色の剥落止めと拝殿の戦災による焼損部分の修理が行われ、昭和41(1966)には外部塗装の塗替と部分修理が行われ、昭和53(1978)に屋根(こけら葺)の葺替が行われている。

 

3.今回の修理工事の概要

(1)    破損状況

 建物は建立から現在まで約400年を経過し、その間幾度かの修理の手が加えられてきたが、近年建物の根幹を成す柱の沈下や傾斜が進行し、また軒を支える組織の折損が生じ始めた。これら建物の構造を受け持つ材料の破損は、そのまま構造上の不安定化に繋がるため地震等により倒壊する危険性がある。また内部の彩色についても、顔料の浮きや剥落が進行しており、貴重な彩色を損なってしまう危険性が高まっていた。

 

(2)    修理方針

 建物の弛緩が進み柱の不陸と傾斜が大きく、構造の主幹部分である組物部分と足元部分に破損を生じているため、一旦軸組をあらわし、軸組の破損部分を補修・修正して組立て直す「半解体修理」を行う。解体範囲は屋根・軒廻り・補修に必要な範囲での組織・床組・縁廻り・造作材などとし、基本的には柱と組物を残したままの修理としている。特に、石の間は一旦解体すると復旧が難しい箇所なので、極力解体はしない方針としている。

 柱の不陸や傾斜の修正を行い、木部の腐朽・破損箇所の補修あるいは取替を行いながら元の通りに組立て直す方針としている。塗装については、漆塗りは漆直し、彩色は内部を剥落止めとし、外部は補筆・補彩を予定している。

 

(3)    工期

工事期間 平成122月〜平成1510月 完成予定

 

(4)    修理の経過

 平成123月より工事期間中建物を風雨から保護する覆屋(素屋根)を建築し、また建物内部では、解体時の振動による彩色の剥落が進行しないように、剥落止めと和紙貼りによる養生を行うなどの準備を行った。

 平成125月より解体を始め、屋根廻りの解体を終え、8月には軒および小屋根、9月には天井、床組の解体を行い、10月には解体を完了した。

 今回の解体工事に伴い、古い釘穴や転用されている部材などから当初の形式や修理の経過を探る「痕跡調査」、部材の再用不再用や破損の原因を探る「破損調査」などの詳細な調査を行った。

 現在は、解体作業が完了したところで、補修箇所・方法を検討している段階である。文化財の修理では、建物が建てられた時の形式が正確に判った場合、当初の形式に復元することが多い。大崎八幡宮でも創建当初は屋根が「とち葺」であった可能性はあるが、実証する資料が不足しているため、文化庁指導の元、復元は見合わせて現状通りに「こけら葺」で葺き直す方針で組立てを行っていく予定である。